孤独のグルメ:空港の蕎麦屋

年末。

松山という地方都市の空港ロビーには、さながら師走の終わりを映すように、まばらな人の姿しかない。

──おそらく、真っ当な人間は飛行機に乗ってわざわざ東京に出ようともしないのだろう。1日が過ぎればしばしの安息の時が目前までやってきてるのだから。


いつも通り世間に取り残されているな、と苦笑いが浮かぶ。航空機のチケットに刻まれている出発時刻にはまだ余裕がある。

ああ、そうだ。
まだ昼飯を食ってない。


「ちょっと飯でも入れてくるか」

しかし、空港の中は経験上ろくな飯が置いていない。

しかも、その割りに値段が張るという二重苦に合わせ、空港という地形は近場の飯屋という存在を見事に削っているため、高い金を払うか、ケチってサンドイッチぐらいで我慢するしかないのが経験上のことであった。


悩むこと数分。
とりあえず手近にあった蕎麦屋にはいることにした。


店の中を見ると、少し驚いた。
気の早い新年会のような顔ぶれが、狭い店内に詰めて座り、蕎麦をすすりながら談笑していたのだ。
上は80近いお年寄りから、下は中学生にもみえる学生服の少年まで。
衣服もバラバラ。どてらもあれば、逆にスーツもある。

一人ダウンジャケットの坊主頭が居ても変な視線を向けられることがないのは、実にありがたい。

「いらっしゃいませー。注文が決まったらお呼びくださいー」

店員は恐らく2人。この狭い店内には充分だろうが、中々手一杯に見受けられる。こりゃあしばらく待つことになるな、と思いつつ手元の煙草に手を伸ばし──


禁煙の文字に少し諦めを覚えた。最近はいつもこうだ。
スモーカーは都会でも田舎でも立場が狭い。こんな時は素直に諦めるのが紳士だと思われる。


そんなわけでメニューを見てみることにした。
お。冬でもざるをやっている。しかもセットでカツ丼か。


空港内のシステム化されたエリアにある蕎麦屋にしては、実にいい。
わかっているな、という気分にさせられる。


絶対大盛りで食おう。


「すいません。このざるとカツ丼のセット。大盛りで」
「かしこまりましたぁー」

あちこちの注文で手一杯になってる状態の店員さんに注文を投げかけ、手元にあったお茶を一杯ひっかける。

飲んだ瞬間ふわっと広がる蕎麦の香り。
こいつは蕎麦茶か。
しかも別に濃いわけではなく、適度に薄くなっている。


うん、これこれ。
こういうのでいいんだよ。


やっぱり蕎麦屋と言えば、蕎麦茶だろう。
そんな妙に納得した気分で注文の品を待つ。


「お待たせぇしましたー」


若干間延びしたふとましげな10年前の看板娘が持ってきたのは、ちゃんとせいろが2段分けになった大盛りのざる蕎麦と、ミニ丼ではなくしっかりとしたカツ丼の乗ったお盆。


いいじゃないか。アタリだ。


にやつきながら割り箸を口でくわえて割り、蕎麦を口に運べば、蕎麦だけではなく小麦と僅かな山芋の香が口に広がる。

当店つなぎを使いません、という職人じみた頑固さはそこにはなく、客が美味いっていやあ、別に混ぜたもんでもいい、という若干のサービス心が見え隠れする素敵な二八を味わう。

ここまでは良い。冬場のざるの旨さを堪能した。あとは仕上げのカツ丼だろう。ここで結構ガッカリすることが多いため、警戒しながらカツと米を箸に乗っけて口へと運ぶ。

サクサクでありながら中はしっとりした食感のカツの衣と、歯でかみ切れる程度の弾力を持った豚肉、そしてダシがなくても十分に美味いと思われる熱々の御飯が口の中で踊る。

けっして極上の行列店の味じゃない。きっと肉もブランド豚とかじゃなく、地元でちょっと有名になりたいがために付けた、地産のラベルがついたような肉を使っているのだろう。

だが、それがいい。ちょっと豪華な昼飯としては実に悪くない。
ボリュームも大盛りを指定したお陰か、大きめのロースを使ってるあたり、微妙な気遣いがかいま見える。


ああ、カツ丼セットは正解だったな。


もう一口と行きたいが、生憎猫舌としては火傷しながら食うような真似はしたくない。

そこで、このざる蕎麦が生きてくる。

ちょろっと一房つまんで口へ入れる。熱々の米が蕎麦で冷やされ丁度良い温度に変わる。蕎麦の風味と米の味がこうして混じると、また一つ変わった味が楽しめる。

またカツ丼を一口。

ついで蕎麦を一口。

カツ丼を一口。

蕎麦を一口。

カツ丼。

蕎麦。

カツ丼。

蕎麦。

最後にちょろっと残ったカツ丼へ、そば湯でダシを割ってかける。
品がないと怒られそうだが、最後の茶漬け風味を楽しみたいのだからしょうがない。

さらさらっと流し込み、口の中をさっぱりさせて席を立った。


「すいません、おあいそー」

「はいただいまぁー」


1580円。


蕎麦2玉にフルサイズのカツ丼としては悪くない値段だ。

今度から空港を使うときは、此処を飯入れ場に使おう。そう思いながらに店の外へ出る。


時計を見ると時間は登場予定時刻の三十分前。
まだまだ時間は余っているが、食休みとしては悪くない。


「──ごちそうさん


呟いて、荷物検査ゲートへと向かうことにした。